政治はアートか。
官房長官が、政治は妥協のアートだ、
と語ったという記事を読んだが、
以前に前原さんが、政治は派閥の総合芸術、
と語ったのを思い出してしまった。
(あれは、編集のトリックもあると思いますが)
妥協はともかくとして、そもそも政治にアートという言葉が
そぐうのかどうか。
独自の思想や美意識を持っての発言だと思われるが、
それにしても今の危機的状況を前にすると、
些か遊民的に聞こえてしまうのは、
自分の身すら切っても、という
切迫感が感じられないからだろうか。
(決して退陣を求めたいのではありません)
芸術家の本質は、自らの身を削り、律し、
自らを厳しく切ることに、あると思っている。
当然、自らの周りの人間にも、
ときに厳しく接することになる。
オバマ氏の身の回りにも、ウォール街のロビイストが
うようろいたらしいが、それとは関係なく金融規制法案は
成立にこぎつけた、と聞く。
(そして、それほど骨抜きにされなかったとも聞く。
他国の威を借りて言うのは、ずるくてすいません)
そういうことを、輝かしい公約を掲げて出現した党として、
この政権はなにかひとつでもできるのではないかと、
とても期待して待っている。
参院の結果は、ニーチェの言葉を借りれば、
どちらかといえば内容よりも態度に反発が出たのだろう。
千葉さんの落選の原因は、それこそうまく「妥協」できなかった、
ことに尽きると思うのだが、
死刑執行の立ち会いには、「実」の人を感じた。
信念を曲げてその瞬間を見据えるなど、そうできるものではない。
丸山健二さんの「夏の流れ」がよぎった。


